目が覚めるってこういうことか。もう死ぬしかないって思っていたけれど、違った。
夫と話すたび、目が合うたび、体が震えて、呼吸が荒くなった。
とりあえず離婚したい。
精神的DV~マイクロトラウマでこころが瓦解する~
人間の心は強靭のようであって、実は繊細です。強心臓のバリバリ営業と言われていた方や、接客業に従事していた方でも、結婚後、こころの不良を感じる人は多くいます。
精神的DVと聞くと、「ひどい暴言を繰り返し言われる」といったイメージになりがちですが、それはひとつの側面でしかありません。
精神的DVにカテゴライズされる行動は、以下を確認いただければお分かりのとおり多岐にわたります。
- 大声で怒鳴る
- 妻の悪口を言ったり、罵倒したりする
- 妻に対し、「お前は人間としてだめだ」と繰り返し言い聞かせる
- 妻を無視する
- 常に命令口調で、「○○してあげる」などと上から目線で話す
- 謝罪を強要したり、土下座をさせたりする
- 妻の行動をちくいちチェックし、常に監視し支配下に置いている
- 妻が大切なものを捨てたり、ないがしろにしたりする
上記なような行動のどれかを夫から受けている場合には、精神的DVである可能性が高いかもしれません。また、ひとつひとつは我慢できることでも、継続的におこなわれると心の傷になることあります。このように小さな嫌なことが重なってできる心の傷のことをマイクロトラウマと言います。
精神的DVは、直接的な暴力とは違い、目に見えないものです。そのため周囲はもちろん、自分でも気づけないということが、しばしば起こりえます。
精神的DVは、周囲も本人も気づきにくい
前章の最後でもお伝えさせていただきましたが、精神的DVは、周りはおろか本人すら気づかないケースが少なくありません。
と言うのも、人間の心の作用として、正常性バイアスと言うものがあるからです。正常性バイアスとは心理学の用語です。ひとは、非日常的な刺激を感じ続けていると、精神的に疲弊してしまいます。それを回避するために脳が刺激を過小評価し、正常であるとかたよった認識をさせるのです。
心の平穏のために必要な脳の働きのひとつですが、身の危険を感じる異常事態であっても、「正常である」と認識してしまうので、時と場合によっては非常に危険な作用でもあります。
集団行動時や災害時などによくみられる傾向にありますが、DVを受けている方も正常性バイアスがかかっている場合があります。
精神的DVでは夫からの暴言や、異常な束縛などを「異常ではない」と感じてしまうことがあります。
正常性バイアスがかかっていた場合、離婚を考えられるのか?
精神的DVは、受けた期間や度合いにもよりますが、民法770条で定められている法定離婚事由に該当する可能性が高いです。
法定離婚事由とは、裁判上の離婚を出来る理由のことで、以下のようになります。
- 不貞行為
- 悪意の遺棄
- 3年以上生死不明
- 配偶者が強度の精神病で回復を見込めない場合
- その他婚姻を継続し難い重大な事由
精神的DVは、上記の「その他婚姻を継続し難い事由」に相当します。ただし、裁判で勝訴するためには、精神的DVをされたことを証明する必要があります。
また、離婚調停を有利にすすめるため、精神的DVを証明するためにも客観的な証拠が重要になります。
精神的DVは、精神的苦痛を伴うものですし、それを受けたことによってうつ病などの精神疾患を発症した場合には、傷害罪が適用される可能性もあります。
とはいえ、証拠を得ようにも、自分自身が精神的DVを受けていると自覚しなければ、行動することができません。
つまり、正常性バイアスがかかった状態は、正常な判断ができない状態といってもいいので、「離婚」を決断することは非常に困難であるといってよいでしょう。
そのため、正常性バイアスをいかに克服するかが大切になってきます。
正常性バイアスを打ち破って、異常を自覚するためには?
正常性バイアスは自分の身体や精神に迫る危険を過小評価するとお伝えきました
正常性バイアスは自分だけにふりかかる危険という認識ですと気づくのが難しいです。しかしながら、「大切な人にも同じ危険が降りかかる」と認識すると、克服できる可能性が高くなります。
夫婦の間に、子どもがいる場合には、「子ども」があなたに次ぐ被害者になる可能性が高いといえます。父親である夫が妻をなじっている姿や、妻をモノのように扱う姿を見せたいと思いますか?
子どもの頃の経験は、人格形成、人間関係、恋愛や結婚への忌避感につながる恐れがあります。また、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患う可能性もあります。
子どもがいなくても、大切なひとがいないわけではありませんよね。両親でも、友人でも、誰でもいいです。ご自身が大切な人が、自分と同じ目にあっているところを想像してみてください。とてもいやな気分になり、怒りや悲しみといった感情が沸いてきませんか。
あなたが大切に思っている人にとって、あなたも同じように大切な人なのです。
理不尽や苦しみ、恐怖。目をそらしたくなることもあるかもしれません。バイアスがかかった状態の方が、はじめは気が楽かもしれません。しかし、バイアスをかけ続けていたら、許容量を超え心が壊れてしまいます。
精神的DVを認識したら~思っているだけではなく行動してみよう~
精神的DVを認識できたら、大きな一歩を踏み出せたと思いましょう。長年、精神的DVを受けていると自己肯定力が非常に低くなります。そのため、自分を自分でほめることは、とても重要です。
その上で、離婚の準備を進めていかねばなりません。準備として、下記のような事柄があげられるでしょう。
- 精神的DVを受けた証拠集め
- 共同財産や養育費などの離婚後のお金について
- 親権
- 離婚後の住居
- 離婚後の仕事
- 離婚後の育児についての親の協力の取り付け
1.精神的DVを受けた証拠集め
精神的DVは、前章でお伝えした通り、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」に該当する可能性があります。ただし、問題点として、法定離婚事由にあたる行動があったという証明がとても難しいことが挙げられます。
そのため、証拠になりそうなものはなるべくとっておきましょう。有効な証拠としては、下記のようなものになります。
- 精神的DVの内容を記した日付入りの日記やメモ
- 暴言など、精神的DVをしている音声データや動画
- 診断書(精神的DVを受け、精神疾患をわずらったとき)
- 警察への相談記録
精神的DVは行われた期間や内容を証明できるものを出来るだけ多く、詳細に集めた方が良いでしょう。長期間あるほど、精神的DVが認められやすくなります。
2.共同財産や養育費などの離婚後のお金について
精神的DV関わらず、DVを受けた方は、「一刻も早く別れたい」と思ってしまい、お金の取り決めに関してあいまいになることが少なくないです。
しかし、離婚後は引っ越し代や当面の生活費など支出が多くなる傾向にあります。したがって、共同財産や養育費などのお金はしっかり取り決めておきましょう。
夫と二人だけで話すのは、自分の望まない方向で話が進んでしまうことがあるので、調停を利用したり、弁護士への依頼を検討した方が良いかもしれません。
3.親権
日本では、比較的母親の方が親権を取得しやすいです。しかし、備えあれば憂いなし。自身の養育実績をまとめておいた方が良いでしょう。
養育実績とは、育児をすること言い換えても良いかもしれません。具体的にいうと、食事や着替えを手伝ったり、保育園へ迎えに行ったり、普段おこなう子どもの身の回りの世話のことです。
相手方が強弁に親権の主張をおこなってきたとしても、準備をしていれば冷静に対処できると思います。また、こじれそうな場合には弁護士に相談してみても良いかもしれません。
4.離婚後の住居
離婚後の住まいは、親権取得に大切な事柄のひとつです。シングルマザーの約6割は実家に住居を移しているというデータもありますので、両親との関係が悪くないのであれば一度相談してみても良いかもしれません。
何かしらの理由があり、実家や家族を頼れない時には、お住まいの地域によっては、家賃補助を受けられたり、公営住宅に住むことができることがあります。そのため、お住まいの役所や、婦人相談所にあらかじめ相談しておいた方が良いかもしれません。
5.離婚後の仕事
離婚後、シングルマザーになると多くの方が生活を成り立たせるために仕事をすると思います。しかしながら、子どもが小さいと離婚後に「仕事を探す」となると、子どもの預け入れや、離婚後の住居の契約などでトラブルが発生する可能性があります。
したがって、離婚前にあらかじめ仕事を見つけておいた方が良いかもしれません。
どうしても仕事が見つからず、収入が無いという場合には生活保護を受けるのも手段のうちです。
生活保護というと、なんとなくネガティブと感じる方もいるかもしれませんが、やむを得ない理由で、困窮しているのならば受給するのはおかしなことではありません。
詳細につきましては、各地域に設置してある福祉事務所で確認することができます。場合によっては、少額ならば無利子でお金を借りることもできることもあるので、お困りのときには一度相談してみるといいでしょう。
※お住まいの地域の福祉事務所を確認されたい方は、福祉事務所一覧(厚生労働省)からご確認ください。

体験談
今回は精神的DVについてさまざまな観点から確認してきました。本章で紹介させていただくのは、精神的DVを受けたある女性のお話を紹介したいと思います。少し後味の悪いお話ですが、ご覧いただければ幸いです。
こころが飽和するまえに
夫:じん(33)
妻:かや(27)
娘:にいな(2)
元夫との生活について、ですか?思い出したくありません。あの人と離婚して1年経ちました。やられたことは覚えているのですが、正直あまり顔を思い出せないんです。
医師からは、「忘れる」ことは人間の防衛反応だと言われました。そうですね、お話したいと思います。
はじめは、少し違和感を覚えたくらいでした。結婚して1か月くらいだったと思います。女子会の禁止とか、将来のために仕事を辞めてほしいとか。反抗心はあまりなかったです。
彼は私よりずっと頭いいし、悪いことにはならないだろうと思っていたから。だから、少しずつ要求のハードルが上がっていくことに気づけなかったんです。
まあ、なんといっても夫婦二人の生活でしたし、あの人の仕事は忙しかったから、ちょっとくらい束縛がきつくても大丈夫って。心に余裕がありました。
彼の少しわがままなところも、父親ができれば変わるんじゃないかって楽観視していました。
でも、子どもができて変わるものじゃなかった。仕事を辞めてほどなく妊娠をしました。けれどサポートはありませんでした。
つわりがひどいときも、きついのに何もしてくれませんでした。「自分が好きで妊娠したんだろう」って」。
それでも娘が生まれれば、父親の自覚が生まれればと思っていました。むしろそうなるよう祈っていたのかもしれません。
結局、娘が生まれて取り巻く環境は変わりませんでした。むしろひどくなる一方で。週2回の買い物以外は外出禁止。彼のいうことには絶対従う。まるで、奴隷になった気分でした。
でも、お金のこともあるし、離婚は考えませんでした。我慢すればいつか変わってくれる。「いつか」なんて永遠にこないことを知ったのは娘が1歳になった頃でした。
その日は、娘が熱を出しており、私は朝から彼女につきっきりでした。当然いつもこなしている「夫の望むこと」はできません。
すると、夫は仕事から帰ってくるなり、ひどく私を怒鳴りつけました。「夕食が用意していないこと」「小さな娘に風邪をひかせたこと」。
怒鳴るだけではいら立ちが足りなかったんでしょう。クッション、リモコン、ノート、ペン。近場にあるものをめちゃくちゃに投げつけてきました。そのなかで、彼の投げたスマホが運悪く額に当たり、血が出ました。
痛みよりなにより、カーンと目が覚めた気がしました。この人は、自分が中心の世界でないと気が済まないのだ。きっと娘が気に食わないことをしても、同じように怒鳴りつけこうやって、私みたいに扱うのだと。
自覚したら、行動は早かったと思います。娘の体調がよくなったと同時に、私の両親に連絡し、事情を話しました。
すると、「実家に戻っておいで」と言ってくれました。最低限の荷物を持って、娘と一緒に出ていきました。別居したところ、初日は夫から電話とLINEがいっぱい来ました。私は、彼の名前を見ると、泣きそうになってしまい出ませんでした。
気持ちが落ち着いて、LINEで離婚の意を伝え、両親のサポートの元、離婚の話し合いをおこないました。
一刻も早く離婚し、離れたかったので私は彼のいう条件、「養育費を支払わない」に同意し離婚しました。
今は、実家で両親と娘と4人で暮らしています。仕事を探していますが、なかなか条件に合わず悪戦苦闘しています。もう少し、離婚の条件を考えればよかったなと思いますが、初めにお話しした通り元夫とは会いたくないので仕方ないかもしれません。
ただ、気力は回復してきましたので、これからは娘のために何とか頑張っていきたいと思います。
まとめ
精神的DVは心を崩壊させる要因のひとつになります。そのため、離婚を決めた後、すぐに夫と離れたいと考える方も多いかもしれません。しかしながら、現実問題として育児にはお金が必要ですし、生活を成り立たせるためにもお金が必要になってきます。
体験談のかやさんのように、養育費を取り決めず離婚するケースは少なくありません。しかしながら、養育費は、離婚後でも請求することは可能です。過去をさかのぼって請求することはできませんが、将来発生する養育費については請求できます。
精神的DVをした元夫と顔を合わせたくないというときには、養育費に関する調停を申し立てても良いですし、弁護士に相談してもいいかもしれません。
ひとりで悩むと、なかなか精神的DVの輪から外れることは難しいかもしれないので、まずは信頼できる人、公的機関などに相談するようにしましょう。
そのうえで、離婚後の生活を見据え、行動について考えていただけたら幸いです。
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